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[2017.7.10]なんとか退院


7/10親父が家に帰ってきた。
そう、俗に言う退院て奴だ。

しっかりしているところもあるが、呆けのような症状になっていることも多い。
昨日から一晩と少し生活してみてわかったこと、そう、わかっていなくちゃいけないことを再認識した事を挙げてみる。

⑴トイレが近い。這っていくこともあれば立っていくことも
⑵薬を飲む時間、タイミングが怪しい
⑶水分をとらない
⑷ほとんど寝てる
⑸尿は漏れていることがある
⑹着替えは立ってできない。座りながらお尻を上げて
⑺テレビの音は相当でかい
⑻新聞は自分で取りにいける
⑼洗濯なんてできるわけがない
⑽料理もできない。お湯も沸かさない。ご飯も炊かない

まだまだ細かいことを言えばきりがない。
これだけできてなかったのに一人で暮らしていたんだなと。
いや、むしろ暮らせていなかったと言うのが正解なんだろう。

自分の家庭が忙しいとかお金がないとか料理理由をつけながら逃げていた。

実際にはこれからも一緒に住む選択肢はなく、ヘルパーさんかデイサービスになるだろう。
介護認定の話は別記事で書こうと思っているが、介護認定も支援と介護のせめぎ合いのような感じになりそうだ。

これから長く付き合いそうな介護。
ま、いづれくるものだから頑張りすぎずに頑張っていくか

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[2017.7.2] ついにこの日がやってきた




ついにこの日がやってきた。

「介護を考える日」

母親が亡くなって14年、父親一人で暮らしてきたわけだがついにこの日がやってきた。

父親一人暮らし
長男(自分)− 別の場所に持ち家あり
次男(弟)ー 別の場所に持ちマンションあり
という状況で、正直見て見ぬふりをしてきた。

一人暮らしは大変だな、ひとりでよたよたしてるな、食べるもの食べてるのかな、エアコンはつけてるのかな。
そんなことを頭の片隅にしかおいていなかった。

7/2(日)に突然やってきた。
近所の人から一本の電話が。
なにも無ければ絶対にかかってこない電話。それがかかってきたということは絶対にいいことではない。

「お父さん元気にやってるよ」などという電話はかかってこないのだから。
恐る恐る電話に出てみると、案の定「お父さんに電話が繋がらなくて、新聞も2,3日とっていない」とのこと。

これはやばいなと弟に電話をしてつながった。自分は実家から遠くなので、弟に家に行ってくれないかと頼んで見る。

幸い日曜日ということもあり、弟も仕事中ではあったが早く駆けつけてくれた。
ところが、家の鍵がない!

「そうだ、鍵は自分と親父しかもっていない」のだ。

絶体絶命だが行くしかない。
家にいるのかどうかもわからないまま。
車を走らせていると「親父は家にいた」との連絡が弟からあった。

どうも、家のあらゆる窓を調べてみたらしい。開いてるかどうか。
台所の窓が開いていて、外から親父が見える。
もう虫の息だ。なにも着ていない。
弟が「親父!」と話しかけても「ほとんど反応がない」が生きているっぽい。

だが、鍵がない。救急車を読んでも鍵がない。現場では途方もない時間が過ぎていった。
車で実家に向かってる途中に「親父はいた」との連絡があり、一安心(現場の状況は知らずに)。
少しの渋滞に巻き込まれながらようやく実家に到着。

すぐに鍵を開けると、布団の上に横たわった親父が....
すぐにかけより、
自分の顔をみるなり親父が

「もうダメだ...」

といきなりの発言。
「ゴメンな、こんなになるまで気づかなくて」と話しかけると虫の息ながらに
「なんで、そんなことない」といって安堵の表情。

ここは(こういうときこそ)冷静に。弟に救急車を手配させて落ち着かせることに専念。

しばらくするとサイレンの音が。しかも消防車?
救急隊員(消防車の隊員だけど)が到着し、意識レベルの確認から状況確認をしていた。
自分の名前は言えるがそれだけしかあってない。
日にちや曜日がめちゃくちゃだ。もともと一人暮らしで曜日の感覚がないのも確かだが...

その後、本物の(?)救急隊員が駆けつけて救急車の中へ。
すぐに発信するかと思いきや、ここからが長かった。

20分以上病院が見つからない。
どうもデータで調べると「空き」があるらしい。ただ、電話をかけると一杯だと。
意識レベルがあり、症状から受け入れをしない病院があるのだと実感。

絶対にいっぱいじゃないと思う。もっと重い患者の枠をキープしておくためだと強烈に思った。
ようやく救急車に乗ってから20分以上たって搬送先が決まった。
発見したときには、相当体もやせ細っていて、



「これは退院できてもあとが大変だぞ、介護が入るのかな」

とてもじゃないけど、一人で歩けるレベルではない。自分にも弟にも家庭があり、子供もいる。
自分たちだけならまだしも、奥さんと子供にまで迷惑をかけるわけには行かない。

「これからどうなっていくんだろう」

そんなこんなの不安をいだきながら初日は終わっていった。


~世の中ってそうだよね~

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iMacにするかMacbook Proにするか

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今、悩んでる。悩んでる時間が大好きだ!
何を悩んでいるのかというと、

「iMac27インチにするかMacbookPro13インチ(TouchBar付き)にするか」

そう、ついに家のパソコンをアップグレードしようかと本気で悩んでる。

なんと今のパソコンは、

iMac(20-inch,Ealy 2008)
プロセッサ 2.4GHz Intel Cor 2 Duo
メモリ 4GB 800MHz DDR2 SDRAM


なのだ。

新しいOSがでると必ずアップデートをするはずなのに、「OS X El Capita」
そう、アップグレードすらできなくなったモデルなのだ。

ハードディスクを自分で交換すること3回、SSDブートにすること1回と
ディスク周りをアップデートして、今に至る。
その間には、息子はPCを2度買い替え、娘ですら自分でPCを買うようになったご時世(涙)
お父ちゃんが古いのを使ってるわけにはいかないと一念発起で買うことを決意。
で、冒頭の悩みにつながるのだけど、悩んでる。相当悩んでる。

用途が違うのに悩んでる。軽いか重いかの問題ではなく、持ち運べるものと持ち運べないもの。
スペックとかはホームページやいろいろなサイトで書いてあるので自分の主観で
いいところ、悪いところ(あまりない)で考えてみた。

🔶 iMacのいいところ
CPUの性能がいい(クワッドコア)
画面が大きい(5K Retinaは魅力)
家で使っていると疲れない(ノート型はちょっと疲れる)
後からカスタマイズできる(メモリ)
一番多く使うのは家の中
長く使えそう(何と言っても今のiMacは9年使用)
買い替えた存在感がすごい

🔶 Macbook Proのいいところ
持ち運べる(外でブログ更新とかカフェどやり(笑)ができる)
TouchBarは面白そう
外部ディスプレイを接続すれば、家でも楽チンな環境になる
WindowsPCの外部ディスプレイと共用できる。
今のiMacを活用できる(iMacにすると物理的に今のは置けない)。


などなど。奇しくも値段は全く一緒なので、ものすごく悩む。

とは言いながら、このブログ記事を書いて、「いいところ」を挙げていくと
iMacの方がいいんじゃないか?との感じがしてきた。

悩んでる時が一番楽しいとはいうけれど、そうなのかもしれないね。


もう少し悩んでみることにしよう!
購入した記事がかけるようになるといいな。


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在宅勤務って大丈夫?って大丈夫?

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昨日も働き方改革の話をしたけれど、今日は、「在宅勤務」についてちょっと。

どうも在宅勤務の考え方の根底に、

「見えないところで仕事をサボる」

というのが見え隠れしてるようでならない。
勤怠がわかりずらいとか、コミュニケーションが取りづらいとか話が出ているが、
仕事をしていれば(コミュニケーションを無視していいわけではなく、必要な時には
きちんとコミュニケーションを取れることが前提)、どこで仕事をしていてもなんの問題もないと思う。

そもそも、見えないところで仕事をサボる人は、仕事で何をすればいいかわからず、
指示を待っている人だから、そういう人は在宅勤務をしてはいけない。

何をすべきかを自分で管理できる人だけが在宅勤務をすればいい。
会社のみんなが会社にいて、自分だけが客先に行ってるときなんかは、在宅(家にいる)のと
なんら変わりはない。
ただ、客先に行ってるという変な安心感だけである。

全員が在宅勤務をすれば、それにそぐわない人、自覚をしていて家では仕事ができない人は
仕事がはかどらないし、コントロールできる人、そもそも会社にいない人なんかは、
非常に効率のいい制度だと思う。

残業もそうだけど、自分自身の責任で仕事ができる世の中にならないと、こんな議論だけが
一人歩きして混乱するんだろうな。

個人がサボれば管理者の責任、個人が問題を起こせば会社の責任という社会は、
発展しずらいんだろうな。


自分自身には責任をとりたいものだ。


〜世の中ってそうだよね〜



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「働き方改革」って本当はどうなの?

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今、巷でなにかと話題の多い「働き方改革」。

会社はなにを言ってるかというと、

「働き方改革」 = 「残業規制」

を声を大にして叫んでいる。
本当にこれはイコールなのか、いや違うはず。

残業時間の多さで鬱にはなりやすいかもしれない。だけどそれだけでは絶対にないと思う。

それはなにかと言うと、「働きがい」「面白さ」に尽きる。
どんなに短い勤務時間でも、「やらされてる仕事」をやっている限り、それはつまらない仕事だし、
やり甲斐もないし、終わりのない迷路をさまよっているようで不安にもなる。

だけど、「自分から進んでやる仕事」は面白いし、多少時間が長くても心の病にはならない。
むしろ、「やり甲斐がある仕事」でもう少しお客様のために、自分のために仕事をしたくても
無理やり仕事をやめさせられる方がよっぽどストレスがたまる。

 ・今やってる仕事は面白いか?
 ・今やってる仕事は指示されたものをそのままやってないないか?
 ・今やってる仕事は人に自慢できるか?

彼女のために指輪を選ぶのに、どんな指輪が好きなのか、どんな場所でいつ渡すのが
喜ばれるか夜中まで調べて、寝る時間がなくなっても辛くないよね。

面白いゲームがあって、どうやれば強くなれるのか、どうやればレベルが上がるのか
をひたすら考えて練習してるのは辛くないよね。

スポーツも、うまくなりたい、強くなりたいと日々自ら人より多く練習をしてても
練習をしてる時は頑張れるよね(最近はスポ根での練習もよくないみたいだけど)。

どうしても決まりを作るとなると、日本は「100」か「0」かのどちらかに
決めたがる傾向にある。それは、気持ちを汲み取れないから。気持ちを汲み取れれば、
本当に時間をかけて何かをやりたい人、本当はやりたくないのにやらされてる人が
わかるのに。

はっきり言って「残業規制」だけの考え方は反対。
やりたくないのにやらされてる人のためには必要な施策だとは思う。

やりたい人(あまりいないかも)は思う存分働ける環境が、
本当の「働き方改革」なんではないだろうか。


〜世の中ってそうだよね〜



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